先週、青空の広がったある日の午後。
職場で月次決算の締め切りに間に合わせようと一心不乱にパソコンに向かっていると、少し離れた場所にデスクのある同僚が、「エキドナ(”echidna”、ハリモグラ)、見たことある?」と、突然大声で聞いてきました。
皆さんはエキドナをご存じでしょうか?
エキドナとは、コアラやカンガルーなどのように、オーストラリア大陸特有の野生動物です。
ハリネズミのように体をハリで覆われていますが、ハリネズミはモグラの仲間、エキドナ(ハリモグラ)はカモノハシの仲間だそうです。
ややこしいですね。
カモノハシ同様、哺乳類であるにもかかわらず卵を産むという珍しい動物です。
しかし、いくらオーストラリアで暮らしているとは言っても、野生のコアラやカンガルーに容易に会うことができないように、エキドナがシドニー郊外、ましてやオフィスや倉庫が軒をつらねる職場付近にいるなんて、考えられません。

唐突かつ非日常的な質問に「えっ?エキドナ?見たことないよ??」と戸惑いつつ返事をすると、彼はもう一人の同僚と一緒に窓の外を指さします。
私たちのオフィスの外には駐車場があり、その向こうを走る片側3車線の道路と駐車場との間には、芝生や木々の生えているちょっとした広場があります。
オフィスは二階にあるのですが、駐車場を見下ろすと、なんの変哲もない風景が広がっていました。

いったい何を言っているんだ、この同僚は?と不思議に思っていると、彼は「多分そこからじゃ見えないんじゃないかな?」と言います。
いったん作業の手を止め、彼らの席まで行ってもう一度窓の外を見てみると、まばらに止まっている車の一台の横で、女性二人がかがんで楽しそうに話しているのが見えました。
なんだろう?と思いながら目を凝らすと、その女性たちの視線の先、黒いバンのタイヤのわきで、なにやら茶色く、丸い形をした物体がごそごそと動いています。
「?!」
遠目にも、茶色の毛でおおわれた、あきらかに犬や猫ではない動物がいるのがわかりました。
「ちょっと休憩して、見に行ってみれば?」と言われ、携帯を持って駐車場に向かいました。
駐車場に降りていくと、先ほどまでいた女性たちはすでに立ち去っていましたが、その丸っこい動物はまだ車のわきで、もぞもぞと動いています。
体長30センチくらいでしょうか?
細長いくちばしを土の中に突っ込み、短い前足で土をかきながらもがいています。どうやらアリの巣をほじくっているようです。
周りでは巣を襲撃されているアリが慌てふためいています。
若い女の子が私の隣にきて、一緒にエキドナを観察します。
かなり近くで見ていたのですが、食事によほど夢中なのか、はたまた人に慣れているのか、エキドナはまったく人間を警戒する様子がありません。
かわいいね~、この辺に巣があるのかな?と話しながらしばらく並んでエキドナを見ていたのですが、満足したのか、「よい一日をね!」と言って彼女は去っていきました。
だいぶアリを食べつくしたのか、アスファルトに降りて歩き出すエキドナさん。
そこへ、どうやら近所のジムから戻ってきた、車の持ち主の男性。
「あ、エキドナだ!すごい!でも、車出すときにひきたくないなあ!」と彼が言った直後に、彼の車の後輪へとエキドナがのそのそと歩いていきます。
そして、タイヤに行き先をふさがれているのか、後輪の真横に居座って、どこうとする気配がありません。
車を出していいものか困っている男性に、エキドナがまた歩き出さないか確認しながら、「今ならひかれない場所でじっとしているから大丈夫!ゆっくり、まっすぐ前に車を動かして!」と指示を出しながら、彼が車を出すのを手伝いました。
エキドナは行く先をさえぎる車が去った後、駐車場の車止めに沿って、のそのそと去っていきました。
仕事に戻った私は、エキドナが巣に戻って行ったのか、もしくは他のえさを求め歩いたのか、行方を追うことはできませんでした。
後でオーストラリア人の上司に「エキドナがいたよ。」と話すと、彼もランチタイムに見かけたようです。
「エキドナがいるなんて、クールだよね!」という上司。
オーストラリア人の彼にとっても、エキドナとの遭遇は珍しかったようです。
勝手な思い込みで、野生のエキドナは人里離れた草深い場所に住んでいて、しかも、日中は行動しないと思っていました。
エキドナを間近で見るという貴重な体験ができてラッキーです。
またいつか、エキドナがふらっと現れてくれたらいいなと期待しながら、毎日仕事に向かっています。
