今ではもう、何がきっかけだったのか忘れてしまいました。時期外れの誕生日プレゼントだったかな?ただ単に、何か、強烈に記憶に残る体験がしたかっただけかもしれません。
とにかく、ある日、のんきオージー君が、「スカイダイビングやろう!」と提案してきたのです。ちょっと怖そうだけれど、あまり深く考えずに、「いいんじゃない?」と返事をしたら、いつもは行動の遅いのんきオージー君がてきぱきと予約をしてしまいました。
当日はあっという間にやってきました。場所はシドニーの南に位置するウーロンゴン(”Wollongong”)です。シドニーの中心街からですと、車で1時間半ほどかかります。
7月、オーストラリアは冬の真っただ中ですが、一年を通して温暖な気候のシドニーでは、滅多にコートが必要になるほど気温が下がることはありません。しかし上空、とりわけ冬の朝の空はさすがに寒いそうです。暖かく動きやすいトレーナーを着て、足元は、脱げ落ちることの無いように、きちんと紐で結べるスニーカーにしました。
事前に下調べをしていたのんきオージー君が、手袋があったほうがいいというので、普段は冬でも使わない手袋をバックにつめて、のんきオージー君の運転で現地へ向かいます。
現場に近づくと、まだ朝9時くらいだったと思いますが、すでにパラシュートで降りてくる人々が車の中から見えました。
じわじわと実感がわいてきます。
雲がところどころに見られるものの空気がさわやかで、空を飛ぶのは気持ちよさそうです。
広大な敷地に、簡素な建物が数軒、建っています。その中の一軒に受付のサインを見つけました。
受付へ向かい、まず行ったのが、予約・支払いの確認と、契約書へのサインです。命にかかわる事態になっても、スカイダイビングをすると決めたのは自己責任であり、訴えませんよ、というような内容だったと思います。体重を記載する項目もありました。自己申告なので、最後に測った時、何キロくらいだったかな?と記憶をたどって書きます。
その後、別棟にいって、スカイダイビング用のジャンプスーツに着替えるよう指示されました。貴重品その他の荷物は指定の場所に置いていきます。
着替えが終わって手袋をはめ外に出ると、タンデムを組むプロの方が出迎えてくれました。私の相手は、キャムという、にこにことした、いかにも人柄のよさそうな丸顔の男性です。
挨拶を終えて、その後、説明を受けました。
「まず、飛行機から出るときは、僕に身を任せて何もしようとしないでね。」
「はじめは腕を胸の前でクロスしておいて、僕が肩を叩いたら、両腕を広げて、反るような姿勢を取って。」
「着地だけど、僕が合図したら、足を抱えるようなポーズね。で、地面に届く少し前に両足を前に伸ばして。僕がバランスを取るから、そのままのポーズを保っていて。足で立って着地しようとしないでいいからね。」
と、実際にそれぞれのポーズを取りながら、どうすればいいか説明してくれます。
しかし、説明は5分ほどで終了し、「じゃあ、飛行機に向かおう!」とキャムが歩き始めました。え、説明ってこれだけ?と、驚きつつも、キャムについていくしかありません。
ビデオを撮りながら歩くキャムと道すがら話していると、すぐに飛行機が見えてきました。
飛行機は、予想はしていましたが、ちっちゃい!
タンデムで飛ぶのは、私たちカップルと一人で参加している女性の3組だけでした。
まず、のんきオージー君たちが、操縦席に背を向けるような形で乗り込みました。私たちも続きます。
ソロで飛ぶお兄さんたち10人ほどが最後に乗り込んできました。飛行機の後部に輪になって座り、慣れた様子で談笑しています。
内部に座席というものはなく、キャムを背負うような体勢で、床に後ろ向きに座ります。キャムが、スカイダイビングに向けて、私とキャムのジャンプスーツをベルトのようなもので固定していきます。そして全員の準備が整った後、飛行機が動き出しました。景色が手前から後方へと流れていきます。
飛行機は離陸し、どんどん高度を上げていきます。飛行機自体は怖くないですが、ここから飛び降りる瞬間が、刻一刻と近づいてきます。
私は、緊張で震えるというより、興奮しすぎて、飛行機の中で手を叩いたり、キャーキャー叫んだり、大はしゃぎしていました。
一緒に乗っている人たちにとっては、そうとううるさかったはず。
15000フィート(約4572メートル)だったと思います。スカイダイビングの高度に達し、私たちが座っている側の機体のドアが開けられました。
まず、ソロで飛ぶお兄さんたちが、まるでバスから降りる時のような気軽さで、次々に飛行機の外に飛び出していきます。
キャムが手渡すゴーグルを着けると、いよいよ、私たちの番がやってきました。キャムと一緒に、体育座りのような姿勢のままズルズルとドアの方へ移動します。そして、胸の前で腕を組み、機体の外に両足を出して座るよう指示されました。
もう後に引けない!怖いのか、怖くないのか、よくわからない状況です。
飛び出す直前、キャムの左手にあるカメラに向かってポーズをする余裕はありましたが、緊張MAX。そして次の瞬間、もう体はスーパーマン並みに空中に浮いていました。
キャムに肩を叩かれました。両腕を広げて、大の字のような恰好で落ちていきます。
どうやって息をしたらいいものだか混乱していて、しばしの間、景色や落ちていく感覚を楽しむ余裕なんてありません。顔にあたる風圧で、頬が魚のエラみたいにブルブルします。ものの一分ほどだったと思うのですが、状況に慣れた頃には先ほどまでいた視界が真っ白の世界から一転し、すでに地上の様子が見えるようになっていました。
キャムがパラシュートを開きました。ようやく脳が情報のスピードに追いつきます。上空からの眺望は最高でした。ウーロンゴンの街並みや、森のような広々とした緑色のエリア、遠くに海も見えます。
あちこちをきょろきょろと見まわしていると、キャムがパラシュートを操って、ぐるぐると細かく旋回させ始めました。下界の景観を楽しむどころではない。き、気持ち悪い!やめてくれー!
必死で、「ストップ!ストップ!そのぐるぐる回すの、やめて~!」とお願いすると、やめてくれました。私はもともと、遊園地でも旋回系のアトラクションが苦手なのです。
足元に広がる風景を堪能していると、どんどん、スカイダイビング施設の方角へと降下していきます。非現実的な世界から、見慣れた地上の景色にぐいぐい引き戻される感覚です。
難しいイメージがありましたが、着地は、意外とスムーズでした。キャムが私のジャンプスーツからベルトを外してくれ、おんぶのような状態から解放されます。
地面に立つと、自分でも意識しないうちにそうとう緊張していたのか、膝ががくがく、ふらふらします。どうだった?と聞くキャムに、楽しかった!ありがとう!と答えるも、両足に力が入りません。また挑戦する?と聞かれましたが、「う~ん、もしかしたら。」と答えておきました。
見上げると私たちの後に降下してくるのんきオージー君たちが見えました。のんきオージー君の顔は晴れ晴れとし、すごく楽しそうです。地面に着くのを待って感想を聞くと、「超楽しかった!またやりたい!!!!」とのことでした。
キャムたちに再度お礼を言ってお別れし、ダイビングスーツを返却してから、受付に戻ります。少し待つと、オプションでオーダーしていた、写真とビデオが保存されたUSBが手渡されました。
そして、車での帰り道。30分ほど走った後、急に気分が悪くなり、車を停めてもらって、道端の草むらに飛び込みました。どうやらアドレナリンの出すぎで、時間差で吐き気を催した模様。胃の中のものを出すと、すぐに気分がよくなりました。
ソロで飛べるように練習したい!とこの日言っていたのんきオージー君ですが、スカイダイビング熱は冷めてしまったのか、以後、またスカイダイビングやろう!とは言ってきません。
私は、エキサイティングな経験ができて後悔はしていませんが、スカイダイビングは一生に一度でいいかな~と思っています。
ちなみに後日、体重を9キロも少なく申告していたことが判明しました。中年太りのお年頃に突入です。